5月4日 7:00
こんな時間から原付で峠を走っている。
急にバイクの挙動がおかしくなった。なんか滑るようにふらつき、後輪のほうから変な音がする。路肩に停めて様子を見てみる。
見ると、後輪がパンクしていた。大惨事である、しかもこんな峠の真ん中で。
とにかくここではどうしようもない。とりあえず人気のあるところまで移動しよう。そう思い、エンジンをかけようとする。かからない。まさか、本体にまでトラブル発生か?焦って何度もエンジンをかけようとする僕。しかしバイクはウンともスンとも言わない。
「ディオ、動け!ディオ、なぜ動かんっ!!」
Zガンダム最終回のシロッコよろしく叫ぶ僕。しかし人気のない峠の真ん中で、それに応えるのは自らの山彦だけ。時間だけが刻々と流れてゆく・・・
−−−−−−
そこで目が覚めた。
状況を確認し、安堵のため息を漏らす。それにしても縁起の悪い夢だ。昨日の強行軍から来る疲れの影響だろうか。
身支度をし、部屋を出た。一階に下りて、受付のおじさんに京都へ向かう道程について聞いてみる。どれくらいの距離か、京都へ向かう三本の道のうち、どれが一番いいのか。
京都へ行くルートは、三通り。多少遠回りだが、峠越えの無い一号線。近道だが、途中曲がりくねった峠道の477号と421号。受付のおじさんは言った。
「バイクで行くんなら、477とか421で攻めるとかなり楽しいんだけど、あのスクーターじゃなあ。けっこうキツイ道もあるから、1号線で行くのが無難だと思うよ。」
しかし、「攻める」 という言葉を聞きニヤリとした僕。そんなに楽しいんなら、攻めないわけには行かないだろう。
ルートは、決まった。477号。決め手は、道の名前が 「日野水口『ローリング』バイパス」だったことである。
受付のおじさんは昔バイカーだったらしく、僕に案内をしているうちに若い頃話に火が点き、フルアクセルで暴走し始めた。このままだと話が長くなりそうだったので、「ありがとうございました」
と言って強引に撤退した。
おじさんは横にいた若い従業員を捕まえて暴走し続けている。どうやらブレーキが壊れているらしい。玉突き事故に巻き込まれそうな気もしたので、僕はそうっとその場からフェードアウト。
さ、出発出発。

5月4日 8:35
セントラルパーク、テレビ塔前で朝食。
何となく風景が僕の地元、札幌の大通り公園に似ている。名古屋市中心部は道路が格子状に通っており、真ん中にこのような公園があるという街全体の構造も札幌に似ている。
まあ、札幌の方が全然きれいだけどな。
だって、まずゴミとホームレスが多すぎる。公園のベンチに座って飯を食べてても、ちょっと顔を顰めるくらいの臭いが漂っている。あたりには、穴ぼこのような眼をした人たちが力なく地べたに座り込んでいる。
「旅行ですか?」
そうこうしているうちに、一人のホームレスに話し掛けられた。まだ食べてる途中で移動できないので、適当に返事をする。
「ええ、まあ」
「今日は会社はお休みですか?」
「ええ。というかゴールデンウィークじゃないですか」
「えっ?!今、そうなの?」
「・・・・・・・。」
悲しいかな、毎日が大型連休の彼らには、今が何月何日かもわからず、世間の時間の流れから完全に置き去りにされているらしい。
僕が持っているおにぎりを物欲しそうな目で見つめながら、彼は続ける。
「どっから来たんだい?」
「東京ですけど」
「ほ〜っ、そんなところからよく来たねェ。おれは長崎の出なんだよ」
曰く、名古屋に移り住んで二十年ほど。今ではトラックの運転手として各地を飛び回り、各地の地理、事情にも精通し、月収は40万ほどあるのだと言う。
そんなまともな人間がこんな時間から新聞紙の上に座って空を見つめているのか。
今までも何回かホームレスとしゃべったことがあるが、どうもみんな誇大妄想が激しい。自分はホントは凄いんだ、今こうなっているのはついてなかったせい、世間のせい。そういう発想の人間ばかりである。
そんな考えだから堕ちたままなのにね。
「東京かぁ。府中のあたりにはおれの知り合いがけっこういるんだよ」
「へえ、なじみのある土地なんですか?」
「いや、みんな刑務所に入ってるんだ」
「・・・・・・。」
そう遠い目をしながら語る彼の表情には、むしろ憧れのようなものすら感じられた。三食メシ付き、寝床も確保されている刑務所の方が、今の生活よりむしろマシ、などとでも思ってるのだろうか。
そんなことはどうだっていいのだが、彼が話し掛けてきた魂胆は見えている。何か理由をつけて僕に奢ってもらおうとしているのだろう。そしてついに彼は本題を切り出してきた。しかし食べ終わった僕は既に離脱体制完了である。
「もしよかったらおれがこの街をガイドし・・・」
「あ、すいませんそろそろ行きますんで。」
僕はそうっとその場からフェードアウト。

5月4日 9:00
名古屋城到着。
着いたのはいいが、開門は9:30らしい。仕方なく行列の最後尾に並ぶ。それにしてもすごい人だ。こんなにも人気のあるスポットだったのか?
実は、万博の期間に合わせ、「新世紀・名古屋城博」 と銘打ったイベントが開催されていたのだ。何でも、約20年ぶりに天守閣の金のシャチホコが地上に降ろされ、近くで見たり触ったりできるらしい。
よく見ると、確かに屋根にシャチホコが無い。
パンフレットに目を通すと、モーニング娘の辻と加護(このイベントのイメージキャラクターらしい)の写真と共に、「金シャチに、さらわれちゃう。」
などと書いてある。
何だこのキャッチコピーは。
金シャチの魅力に心が奪われてしまうということなのか。ちょっと狙いすぎのような気がするが、そもそもこのご時世に 「さらわれる」
なんてワードを使うなんて思い切りがよすぎるんじゃないか。
見ての通り、どちらかといえばシャチホコの方がさらわれた格好だと思うのだが。
確かに、遠藤憲一みたいな顔のあのシャチホコは誘拐犯たる貫禄をかもし出してなくもないな。などと発想にどんどん無理矢理感が増していき、自分でもうんざりしてきた。そもそもこんなコピーだから悪いんだ。何が
「金シャチに、さらわれちゃう。」 だ。
よく見たら、「金シャチに、さわれちゃう。」 だった。

5月4日 9:50
あ〜あ、無駄な頭使った。
さて、ようやく開門。さっそくシャチホコが展示されている 「金シャチドーム」 に足を運ぶ。
シャチホコを「見るだけ」と「触れる」ので列が分かれていた。なんだか、「覗き」 と 「お触り」 でコースが分かれている風俗みたい。
「お触り」コースはかなり並んでいたので、僕は 「覗き」 だけのコースにしておいた。こちらはそれほどの混雑ではなく、すんなりシャチホコのところまで行けた。
近くで見てみると、さすがの迫力である。
初めて知ったが、シャチホコは雄と雌の対になっている。よく見るとうろこの数などが微妙に違い、解説曰く、「雌のほうが女性らしい優しさを湛えている」。
しかし、どっちにしてもその顔はやはり遠藤憲一であった。
金シャチドームの中では、シャチホコの歴史に関する資料の展示が行われていた。1612年に天守閣に取り付けられてから、現在に至るまでの様々なエピソードも紹介。
江戸時代には柿木金助という泥棒が大凧に乗ってシャチホコの鱗を盗み、明治時代には、オスのほうは全国を回り、メスの方はウィーンの万博に出展された。その帰り、シャチホコを乗せていた船が沈没、危うく海の藻屑になりかけた。
その中でも、1871年に名古屋城もろとも取り壊しが決定した際、その天守閣内の装飾とシャチホコの美しさに魅せられたドイツ公使、フォン・ブランドの必死の訴えにより、寸前で解体から守られたというエピソードには胸が熱くなった。
単純にこうした日本の美が外国の人の心を強く捕らえたことが嬉しく、また、それを守るために尽力してくれたということに感動したのである。異国の地でそこまでやってくれたということに。そして、美しいものを愛する心に国境がないことを再認識。
彼を明治の と呼びたい。

5月4日 11:35
名古屋城を出発。
次の目的地は、いよいよ京都である。名古屋からの距離は150キロほど。距離的には昨日に比べればグッと楽だ。天気もいいし、道もすいている。これは気持ちのよいドライブが楽しめそうだ。
名古屋を出、四日市で昼食を取り、例の477号、日野水口ローリングバイパスに入る。途中、湯の山温泉のあたりで道に迷い、渋滞に巻き込まれたが、特別トラブルもなく順調に進んでいく。
しかし途中の山道の脇は、これでもかというくらい見事なまでの杉林。花粉症真っ最中の僕には発狂しそうな光景である。
だけどこのときはなぜか全然平気だった。
途中、野州川のあたりで一休み。
滋賀県に入った。ここまで来れば、京都まであと少し。

5月4日 16:10
ついに、キターーーー!!
東海道の終点、京都・三条大橋に到着。
東京を出て二日半、走行距離500キロきょう。思ったよりもあっさり着いてしまった感はあるが、感慨無量。
しばらく鴨川のほとりでぼんやりと時間を過ごす。

5月4日 18:05
さてさて、さっそく万博を満喫しようか。
今日の宿、「ウノハウス」。
主に外国人バックパッカーに人気の素泊まり宿である。いちおう風呂や洗濯機などの は揃っており、中には長期滞在の人もいるようだ。
写真だとそうは見えないが、けっこう雑然としていて
中に入るとブーツで蒸れた足のような臭いがした。
しかし、それが逆に今回の旅にピッタリで僕は満足であった。なんといっても宿泊費は一泊たったの

5月3日 18:20

おお〜。
おお〜。

5月3日 19:50
夜の京都を散策。

「OH, NO! DA, HA, HA, HA〜!!」 しかし、外国人旅行客の集団が、この像を見て爆笑している。いったいどうしたのか。

5月3日 21:25
宿に帰ってきた。
起きてる時間の殆どを原付の上で過ごし、残りは殆ど歩き回っているという、前半で最もハードな一日の疲れを癒すため、風呂に浸かる。
今日一日で一気に焼けた肌は、この時点で真っ赤に爛れており、風呂の湯がかなりしみた。思わず「うっ」とか「くっ」とか声を上げる僕に対し、浴場にいた子供達の視線が冷たい。うるさい、お前らにこの辛さの何がわかる。
とりあえずすっきりして部屋に戻る。
今日の宿はユースホステルなので、4人の共同部屋だ。つまり部屋には見知らぬ人が3人いるわけだ。さっき来た時はまだ他の人は来てなかったので、この時点ではまだどんな人と一緒になるのか分かってなかった。しかしこの時間はもう部屋にいるはずだ。
部屋の扉をそっと少し開けて中の様子を窺ってみる。明かりは消えていて人の気配は無い。あれ、誰もいないのか。そう思って僕は扉を一気に開けた。その瞬間
「アウチ!」
ガツン、という手応えとともに中から外国人の悲鳴が聞こえた。見ると、大柄な白人の中年男性が入口からすぐの所に立っており、僕は彼に勢いよく扉をぶつけてしまったらしい。というか電気消して何やってたんだ、この人。
「ソ、ソいません」
思わず「ソーリー」と「すいません」が混ざって訳のわからない言葉を吐いてしまった。彼はいやな顔をしながら何も言わず、自分のベッドへ戻っていくとカーテンを閉めてしまった。
何もそんなに嫌そうにしなくても。
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